【あの日】
利用者を帰宅させようとしたら津波に行く手を阻まれました。避難する途中で振り向くと、事業所の前を走る国道45号線に車が浮いているのが見えました。利用者の多くが帰る家を失い、家族を亡くした方もいました。ビニールハウス、きのこを殺菌する釜やボイラー、送迎バスなどが流されて使えなくなりました。しかし、人的被害は逃れ建物が床下浸水で済んだことで活動場所はかろうじて残りました。
【塩害】
畑は津波の塩害で使えなくなりました。
避難所生活が長引くと健常な方でも心身にこたえます。利用者の精神状態を考えて、一日も早く活動を再開させなければと職員も利用者も無我夢中で建物や畑の整備をしました。畑の表面に瓦のように浮いてきた塩を、来る日も来る日も剥がしては土を入れ替え水を大量に撒きました。やっと塩が落ち着いたと思われる頃に農耕を再開してみると、塩に敏感な野菜は生育が悪く、そうかと思えば塩害に強い野菜もありました。ニンニクは豊作でした。現在は生鮮野菜の収穫も安定しつつあり、順調な生産活動に戻っています。
【風評被害】
野菜の製造、加工を販売を続ける以上「放射能測定」は欠かすことの出来ない作業となりました。障がいを持った方々が自立を目指して日々の生産活動に取り組んでいることにご理解を頂き、今後ともご支援を賜ることが出来れば幸いです。
【ボランティアの力】
震災後に入って下さった全国のボランティアの皆さんにお願いしたのは「販売」でした。
塩害のため農耕活動が出来ない時期がありましたが、津波を逃れた加工品が残りました。ボランティアを終えて故郷に戻られた皆さんから沢山の注文を頂いて在庫していた加工品が売れました。当時のご縁で、今もご注文を頂くことがあり、私たちは本当に感謝に耐えません。この場を借りて厚く御礼申し上げます。本当にありがとうございました。
心のこもったチューリップ、生鮮野菜(季節製品)、自家製みそ、乾燥椎茸、乾燥きくらげ(通年)などご利用下さい。